ゲーテの名言集です。 ゲーテの名言や格言を知ることができます。
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イシスの女神はヴェールをとって見せたが、男はソコヒで目が見えない。
10歳にして菓子に動かされ、20歳にしては恋人に、30歳にして快楽に、40歳にしては野心に、50歳にしては貪欲に動かされる。
人生は全て次の二つから成り立っている。したいけど、できない。 できるけど、したくない。
涙とともにパンを食べたものでなければ人生の味はわからない。
僕はどうやらこの世における一個の旅人に過ぎないようだ。君たちとてそれ以上のものだろうか?
楽しく生きていきたいなら、与えるための袋と、受け取るために袋を持って行け。
救済法をあれこれ持ちだして、一体どういうつもりだ。最上の救済法は、この現在の瞬間を精一杯生きる事だ。
学問と芸術を持っている者は、同時に宗教を持っている。学問と芸術を持たない者は、宗教を持て!
想像と理念、法則と仮説、この区別を理解することのできない人間は惨めである。
私は人間だった。それは戦う者だということを意味している。
自分自身の道を迷って歩いている子供や青年の方が、他人の道を間違いなく歩いている人々よりも好ましく思う。
青年は教えられることより刺激されることを欲するものである。
財布が軽ければ心は重い。
誰一人知る人もない人ごみの中をかき分けていくときほど、強く孤独を感じるときはない。
人間の運命よ。お前はなんと風に似ていることか。
時を短くするものはなにか―活動。時を絶えがたくするものはなにか―怠惰。
誠実に君の時間を利用せよ!何かを理解しようと思ったら、遠くを探すな。
よろい戸を開けてくれ。光を…、もっと光を…。
喜んで行ない、そして行ったことを喜べる人は幸福である。
王様であろうと百姓であろうと、自分の家庭で平和を見出す者が一番幸福な人間である。
なぜいつも遠くへばかりいこうとするのか?見よ、よきものは身近にあるのを。ただ幸福のつかみかたを学べばよいのだ。幸福はいつも目の前にあるのだ。
人間は行きたいほうへ行くがよい。人間はしたいことをするがよい。しかし人間は、自然がえがいている道へ、必ずまた戻ってくるに違いない。
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知者がすでに千年も前に答えている問題を、無知な人は改めてまた得意げに提出するのだ。
人々は言う。”どうもこれは気に食わぬ。”それで片付いたと思っている。
自由に呼吸することは、人生を孤独にしない。
人間は社会の中でものを教わることができよう。しかし霊感を受けるのはただ孤独においてのみである。
昨日が曇りなく公明であったら、今日は力強く自由に働け。そうすれば明日にも希望が持てる。明日も同様に幸福であれと。
女性を力強く守ることのできる者だけが、女性の愛願を得るに値する。
女は決して自分の自然な姿を見せない。
王様であろうと百姓であろうと、己の家庭で平和を見出す者が一番幸福な人間である。
義務の重荷から我々を解放する事のできるのは、良心的な実行のみである。
ただわれわれの曖昧で散漫な教育が、人間を不確かなものにする。
若いときは興味が散漫なために忘れっぽく、年をとると、興味の欠乏のために忘れっぽくなる。
花を与えるのは自然、編んで花輪にするのは芸術。
本の中には、それをよんでわれわれが学ぶためでなく、著者が何かを知っていたということを我々に知らせるために書かれたと思われるような本がある。
喜びには悩みが、悩みには喜びがなくてはならない。
誰一人知る人もない人ごみの中をかき分けて行く時ほど、痛切に孤独を感じるときはない。
人は多くを願うが、彼に必要なものはごくわずかなのである。人生は短く、人間の運命には限りがあるのだから。
涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味はわからない。
苦しみが残していったものを味わえ!苦難も過ぎ去ってしまえば甘い。
何事につけても希望するのは絶望するのよりもよい。可能なものの限界をはかることは、誰にも出来ないのだから。
望んでいたのもを手に入れたと思い込んでいるときほど、願望から遠く離れていることはない。
生活はすべて次の二つから成り立っている。したいけど、できない。できるけど、したくない。
青年は教えられることよりも、刺激されることを欲するものである。
自分自身に欠けていたものが、息子に実現されるのを見ようとするのは、全ての父親の敬虔な願いである。
機知に富み、うちとけた言葉は永久に生命を持つ。
人間は常に迷っている。迷っている間は常に何かを求めている。−−
高尚なる男性は、女性に忠告によって、いっそう高尚になる。
空気と光と友人の愛。これだけ残っていれば気を落とすことはない。
自分一人で石を持ち上げる気がなかったら、二人でも持ち上がらない。
私の時間を短くするものは何か?活動!私の時間を絶えがたいほど長くするものは何か?怠惰!
美は芸術の究極の原理であり、最高の目的である。
誠実に君の時間を利用せよ!何かを理解しようと思ったら遠くを探すな。
若いうちの誤りは、きわめて結構だ。ただ、それを年をとるまで引きずってはならない。
もし賢い人が間違いをしないとしたら、愚か者は絶望するほかないだろう。
今日出来ないようなら、明日もだめです。一日だって無駄に過ごしてはいけません。
虹だって15分続いたら人はもう見むかない。
世の中のことは何でも我慢できるが、幸福な日の連続だけは我慢できない。
人が旅をするのは到着するためでなく、旅行するためである。
幼児を抱いた母親ほど見る目に清らかなものはなく、多くの子に取り囲まれた母親ほど敬愛を感じさせるものはない
自分自身に欠けていたものが息子に実現されるのを見ようとするのは、全ての父親の敬虔な願いである。
科学と芸術は全世界に属する。この二つの前では民族性の障壁は消えてしまう。
逸話集や格言集は社会人にとって最大の宝である。もし前者を適当な場所で会話の中に混ぜ、後者を適切な場合に想起するならば。
革命は決して人民の罪にはあらずして、政府の罪なり。
あなたができること、あるいは夢見られることはなんでも始めよ。毎日を生きよ。あなたの人生が始まった時のように。
何事につけても希望するのは絶望するよりも良い。可能なものの限界をはかることは誰にもできないのだから。
ただ我々の曖昧(あいまい)で散漫な教育が、人間を不確かなものにするのだ。
苦しみが残していったものを味わえ!苦難もすぎてしまえば甘美だ。
長いこと考え込んでいるものが、いつも最善のものを選ぶわけではない。
芸術家よ、創れ。しゃべるな。
活動的な馬鹿より恐ろしいものはない。
言論の自由を呼号するものは、それを濫用しようとする人間のみである。
新聞を読まなくなってから、私は心がのびのびし、実に気持ちが良いです。人々は他人のすることばかり気にかけて、自分の手近かの義務を忘れがちです。
人生で一番楽しい瞬間は、誰にも分らない二人だけの言葉で、誰も分らない二人だけの秘密や楽しみをともに語り合っているときである。
愛する人の欠点を愛するとこのできない男は真に愛しているとは言えない。
国を鉄床にたとえよう。ハンマーは支配者、打ち曲げられる鉄板は民衆。勝手気ままなめくら打ちに、いつまでたっても金ができあがらねば、鉄板こそ迷惑である。
詩というものは傑作であるか、さもなければ全然存在してはいけないものだ。
近頃の詩人はインクに水をたくさん混ぜる。
一人で石を持ち上げる気がなかったら、二人がかりでも持ち上がらない。
蚕は糸を紡(つむ)ぐにつれ、だんだん死に近づいてゆくが、それでも糸を紡がずにはいられないのだ。
一本の美しい木ほど神聖で模範的なものはない。
人間が据えたものは、正しいにせよ正しくないにせよ、どうもぴったり合わない。しかし神が据えたものは、正しかろうが正しくなかろうが、常にその所を得ている。
自然は絶えず我々と語るが、その秘密を打ち明けはしない。我々は常に自然に働きかけ、しかもそれを支配するなんの力もない。
なぜ私は結局、最も好んで自然と交わるのか。自然は常に正しく、誤りはもっぱら私の側にあるからである。自然に順応することができれば、事はすべて自ずからにして成るのである。
自然は絶えず建設し、また絶えず破壊する。自然の工場は及び難い。
賢者達に過(あやま)ちがなかったとすれば、愚者達は絶望するしかないであろう。
ある種の欠点は、個人の生存のために必要である。旧友が昔からの癖を脱ぎ捨てるとしたら、我々は不愉快になるだろう。
どの内閣でも新聞紙上に発表する意見はいっこう面白くない。政治の力は実行することであって、演説する事ではないからである。
不正なことが、不正な方法で除かれるよりも、不正なことが行われているほうがまだいい。
憎しみは積極的な不満で、嫉妬は消極的な不満である。したがって嫉妬がすぐに憎しみに変わっても不思議はない。
外国語を知らない者は、自国語についても無知である。
哲学というものは、常識をわかりにくい言葉で表現したものにすぎない。
詩とは成熟した自然であり、哲学とは成熟した理性である。
天才も不滅ではないということほど、凡人にとって慰めになることはない。
夕方、私は千匹のハエを殺した。それなのに、早朝、私は一匹のハエに起こされた。
世の中の事はなんでも我慢できるが、幸福な日の連続だけは我慢できない。
人間は昼と同じく、夜を必要としないだろうか。
立法者にしろ、革命家にしろ、平等と自由を同じに約束する者は、空想家でなければ詐欺師である。
文学は堕落したというが、人間が堕落した程度で堕落したに過ぎない。
近頃の作家は、インクに水増しをして書いている。
財貨を失ったのは、いくらかを失ったことだ。名誉を失ったのは、多くを失ったことだ。勇気を失ったのは、すべてを失ったことだ。生まれなかった方が良かっただろう。
肉欲を知らぬ動物はいないが、これを純化するのは人間だけである。
人が旅をするのは到着するためではなく、旅行をするためである。
考えている事を考えぬく事ができない時のみ、人は本当に考えているのだ。
自由でないのに、自由であると考えている人間ほど奴隷になっている。
世間が求めているのは、感情ではなく礼儀である。
若い時は興味が放漫なため忘れっぽく、年をとると興味の欠乏のため忘れっぽい。
多数というものより気にさわるものはない。
二十代の恋は幻想である。三十代の恋は浮気である。人は四十代に達して、初めて真のプラトニックな恋愛を知る。
あの人が私を愛してから、自分が自分にとってどれほど価値のあるものになったことだろう。
人生で一番楽しい瞬間は、誰にも分からない二人だけの言葉で、誰にも分からない二人だけの秘密や楽しみを、ともに語り合っている時である。
幸福な時にも不幸な時にも、自分一人のことばかり考え、苦しみや楽しみを人と共に分かつことを知らず、またわかとうという気にも心からなれない者が、立派な男といえるでしょうか?
人はどうやって自分自身を知ることができるか。それは省察によってではなく、行動によってである。
不幸な人間の状態を冷静な理性的な人間がいろいろ観察してみたって何にもなりはしない。慰めてやったって、なんにもなりやしない。
発言し、活動しなければならない。多数派に属するか、少数派に属するかはまったくどうでもいいことだ。
人間は海のようなものだ。それぞれ違った名前は持っていても、結局は一続きの塩水なのだ。
人間というものは年齢の段階が違うと確かに別の人間にはなるが、前より立派な人間になるとは必ずしも言い得ないのだ。
いつまでも一つの土地に釘づけになるな。思いきりよく元気に飛び出せ。そのためにこの世界はこんなにも広いのだ。
今の人間は偉大なものの「あらさがし」をしては喜んでいる。偉大なものを攻撃すれば、その分、自分が偉く思われると信じているのだ。ばかばかしい!
あらゆる法律は老人と若者によって作られたものだ。老人は規則を欲しがり、若者は例外を欲しがる。
どこか遠くへ行きたいとあこがれ、慌ただしく飛び立とうとしているようだが、君自身にも他人にも誠実であれば、狭い世間もさながら自由の別天地だ。
耳があるなら聞け。金があるなら使え。
人に教えようとする者は、自分の知っている一番大事なことを黙っていてもよいが、知ったかぶりは許されない。
世の中には、何一つまともなことを行わないがゆえに、失敗することも全然ない人々がいる。
人は毎日、少なくとも、短い歌を一曲聴き、よい詩を一編読み、素晴らしい絵を一枚見なければならない。そしてもし可能なら、気の利いた短い言葉を語ってみることだ。
大地は広々とつづき、空は無限に広がっている。世界は君たちのために大きく開かれている。遠慮なく進むがいい。
もし私の恋人が誠実であり、私の子供が丈夫であり、わが家の大きな暖炉が赤々と燃えているなら、さし当たってこれ以上望むところは何もない。
喜びにあふれ、悲しみに満ち、思いが募って、心は不安に揺れ動き、千々に乱れるばかり。天にも昇る歓喜と、死ぬ思いの苦悩の間で、恋するものの心だけが真の幸福を生きるのです。
臆病な考えや、不安なためらいや、女々しい足ぶみや、あわれな訴えは、少しも悲惨を救うことができぬ。決して君を自由にせぬ。
世紀は前進した。しかし個々の人間は、やはり最初から始めるのである。
全ての自由の使途を私は常に好かない。結局はそれぞれが自分のわがままを求めるだけではないか。多数を解放しようと欲するなら、多数に奉仕する勇気を持て。
虚栄心でかたまった、押し付けがましい、目のくらむような贈り物より、友情に基づく小さな親切のほうが千倍も値打ちがある。
一人の人間の生涯。それが何だろう。だが千人ぐらいは彼が何をし、いかにしたか語ってくれよう。
いろいろなことを君は怠った。行動するかわりに君は夢を見ていた。感謝を述べるところを君は黙っていた。旅をすべきときに君は寝そべっていた。
大胆不敵に戦った人間なら、英雄をほめたたえるのに声を惜しまない。みずから火と寒冷に苦しまなかったものに、人間の値打ちが悟れるわけがない。
本の中で世にも不思議なのは、恋愛の書だ。心して私はそれを読んでみたが、喜びのページは少なく、全巻はただ悩みに満ちている。
気分がどうのこうの言って、それがなんになる?グズグズしている人間に気分なんて湧きっこない。今日出来ないようなら明日だって出来ない。一日でも無駄に過ごしてはならない。
全てを今知ろうとは無駄なこと。雪が解ければ見えてくる。これ以上骨を折っても今は無駄。それがバラならやがて咲く。
君の義務を果たそうと試みたまえ。そうすれば君はただちに、君が何者であるかを知るだろう。
健康な人間が病人の枕辺にたっていたって、自分の体力のほんの少しでも注ぎ込んでやれない。
一篇の詩はもっと儚い。しかし千人くらいは、それを楽しみ、非難してくれよう。友よ!生きよ!歌い続けよ!
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